過去日記2015.6.17
怖いものみたさ と 野次馬根性 と 人の不幸は蜜の味…?
人間が内側に隠し持つ、いろんなネガティブ感情を否定するつもりはありません。
私の中にも、そういうものはあるし、誰の中にもあるでしょう。
でもさ、そういうものにつけこんだ商売ってどうなの?
今回の「絶歌」出版については、本当に怒りと失望を感じ、
そして途轍もなく哀しい気持ちになりました。
ネットに出回っていたあとがきより…
今さら何を言っても、何を考えても、どんなに後悔しても、反省しても、遅すぎると思います。僕は本当に取り返しのつかない、決して許されないことをしてしまいました。その上このような本を書くなど、皆様からしてみれば、怒り心頭であると思います。
この十一年間、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実体でした。僕はひたすら声を押しころし生きてきました。それはすべてが自業自得であり、それに対して「辛い」、「苦しい」と口にすることは、僕には許されないと思います。でもぼくはそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分の想いを語りたい。自分の生の軌跡を形にして遺したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの「生きる道」でした。僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした。
本を書けば、皆様をさらに傷つけ苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにいられませんでした。あまりにも身勝手過ぎると思います。本当に申し訳ありません。せめて、この本の中に「なぜ」にお答えできている部分が、たとえほんの一行であってくれればと願ってやみません。土師淳君、山下彩花さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。
まだ、我欲ですか?自分の生きる道?
まだ苦しめたいのですか?
わかっていながら書かずにいられなかった?
意味が分かりません。
分かるのは、結局今も彼は自分のことしか考えていないということ。
特殊な心理状態を知るための貴重なサンプルだ、と擁護する人もいるとききます。
ならば、擁護派にお聞きしたい。
そのような特殊サンプルは、資料棚の奥に厳重にしまっておくだけではいけないのですか?
必要な人が閲覧すればよい、それで充分。
なぜ、このように万人が手に取れる形で「出版」したのでしょうか?
元少年Aとやらが「書いた」ことが問題なのではありません。
日記帳に書くのは何の問題もないでしょう。
どうしても誰かに訴えたいというのならば、ブログでいいではないですか?
無料で匿名でいくらでも書けばよい。
「出版」は 経済的行為です。
あれだけのセンセーショナルな事件、内側をみてみたい、という人の気持ちも分かります。
出せば、必ず売れる。
現に、すでに初版10万部 売り切れだとか…
ほんの数日で売上1億5千万。ほんの数日で印税1500万。
これだけのバッシングがあっても、きっと重版されるのでしょう。
そして、元少年Aの母の書いた本も、また、売れるのでしょう。
この本が出版にいたるまでに 何人の手を経てきたのでしょうか
編集・校正・カバーデザイン・etc…
それらに関わった人たちにお尋ねしたい、
あなたの息子があんなにもむごたらしい死を経ても
あなたはその仕事を遂行しましたか?
出版されたことによって、あの事件を知らなかった世代も それを知ることになる
影響され 模倣する者が出てきたときに その責任はどうとるのですか?
出版に関わった全ての人に言いたい
恥 を 知 れ